自省録

2014/2/24 大空のサムライ10 坂井三郎語録

【走った距離】  6km
【今月の累積距離】  210.065km
【天気】 快晴 
【気温】 最高 9℃、最低 0℃
【体重】  64.1kg
【コース】
淀駅~会社
【コメント】
 零戦パイロットとして戦ってきた父の姿を、
戦後生まれの私はもちろん見たことかありません。
しかし、一緒に暮らす日常の中で、
父が戦地で常に死と隣り合わせに生きてきたのだ
と感じざるを得ない場面を何度も見ました。
そして、「勝つことよりも、引き分けてもいいから生きろ」
という父らしい考え方を教え込まれてきました。
 父は、事あるごとに「前後、左右、上下に注意しろ」と繰り返していました。
外に出れば、危険はどこから来るか分からない。
まさに「常在戦場」です。
上から何か落ちてくるか分からないというのは、
パイロットらしい立体的なものの考え方ではないでしょうか。
 歩いていて角を曲がる時でさえ、
「内側を曲がらずに、大きく外回りをしろ」というのです。
死角にはどんな危険が潜んでいるかわからないからです。
そしてひったくりや暴漢から身を守るために、
爪でさえ武器になるのだから、伸ばしておけとも言われました。
 身の回りの道具一つをとってみても、そうでした。
 父の口癖は、「撃てないピストルはただの鉄くずだ。いつでも撃てるようにしておけ」。
よく使う道具は、いつでもすぐに手に取れるように一つの箱にまとめ、
手近な場所に置き、常に手入れを欠かしませんでした。
それどころか、さらに使いやすくするため加工さえする徹底ぶりでした。
 このように、風変わりにも見えた父の日常での言動は、
戦時中、一軍人として、そしてパイロットとして、
自己の能力の向上維持に常に努力していた父の心がけそのものだったのでしょう。
それは、父が、零戦の狭いコクピットの中で戦闘に集中する時に、
必要不可欠なことだったのです。
ファンに尋ねられて「それは命がかかっていたからですよ」
と応えていたのが、印象に残っています。


日本人としての心構え

 ニ十歳を過ぎた私かアメリカ留学を決めた時、父は次のように訓示しました。
 まず、留学などで滞在する外国人は、
一定条件を守る前提で居住を許されているのだから、
その国の社会と文化を尊重すること。
「外国人だから仕方がない」と大目に見てもらえても、
それは「だから外国人は駄目なんだ」と言われていることと表裏一体だと心得ること。
そう把握した上ならば、自分の生まれた国・日本を外から見ることは、
私にとって良い勉強となるだろうし、異文化を受容すべき部分と、
どこに居ようとも曲げられない部分が、共に見えてくるはずだと。
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時間の密度


「60歳まで生きたって、60回しか桜が見られないんだぞ」
 人間の寿命はどんなに保たせても125歳。
病気や事故でいつ寿命が中断されるか分かりません。
桜の開花は毎年あると思っていても、1年に1回しかないことは、
最も多くても寿命の数しか見られない、そう父は言うのです。
 戦時中は、時間も物資も限られた中であっても、
なすべきノルマだけは厳然としてあるという状況でした。
このため、事態を複雑にしないで、いかに単純によりよく戦果を挙げるかというのが、
父たち戦闘員の命題でした。
しかも、できる限り生還しなければなりません。
一瞬間に四方八方、上下にも目を配るという時間は、
私には想像ができないほど濃密であったろうと思います。
 それが平時の世の中になると、時間の使い方が雑になります。
のんびりできる平和な世になった点は素晴らしいけれども、
それに慣れてしまうと、時間を無駄に費やす傾向が出てきます。
父はそれをもったいないと感じていたようです。

危機管理の基本

 父の危機管理の基本は、次の通りでした。
「今 全てがうまくいっているなら、そのまま放っておけ。
ただ現状維持は意外に大仕事ではあるぞ。問題が出てきたら、小さいうちに解決しろ」

簡単に済むことは、簡単なうちにしちゃったほうがいいんだよ、お前」というわけです。


一念具象

 坂井三郎はホールインワンを生涯に3度達成した

「いいか。一打目から本気で穴を狙え」
そうは言っても、見えもしないホールをどう狙うというのでしょう。
ところが父に言わせれば、穴に球を入れるのがゴルフの目的なのだから、
狙うのが当たり前だと言うのです。
それぐらいの執念を持ち、一念具象の気迫で打てば、見えない穴も狙える。
それが父の言い分です。
 父は、穴に入らないのは、打つ本人が最初から諦めてしまっているからだと言うのです。
「そんなことはあり得ない」と自分を信じていないから起こりにくいのであって、
あり得ないことでも起こしてみせようという気持ちでやればいいのだと。
私などは、グリーンに乗ればラッキー、
乗らなくても少しでも寄せればまあまあと思うほうなので、
だから穴はいつまでもはるか彼方なのかもしれません。
 「いいか。要は、すっ飛びながら針に糸を通すぐらいの集中力だ」
 念ずれば通ず。
ただしそれは神頼みをするのではなく、自分を信じて念ずること。
そして信じられる自分であること。
念に気迫を込めること。
見えなくても、旗の下には必ず穴は在り、目標の下に成果があるのです。
 父はその集中力と一念で、見えない穴を狙っていたのでしょう。

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by totsutaki2 | 2014-02-24 23:54 | 読書

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