自省録

2013/2/17 村上春樹 村上春樹インタビュー集 夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです3 現代文学の作家

【走った距離】  28.69km
【今月の累積距離】  205.505km
【ペース】 平均 6'08"/km、 最高 5'30"/km
【天気】 曇り 
【気温】 最高 5℃、最低 0℃
【体重】  64.4kg
【コース】
自宅~毛馬
【コメント】
現代は小説家にとって受難の時代である。
厳しい状況は小説家に限らない。
ビデオゲームに親しんだ観客を満足させるため、
映画はストーリー展開が速くなり、映像が過激になる。
アリスは女王とクリケットをする代わりに、甲冑を身に着けてドラゴンと戦わないといけない。
しぐさや表情で心を揺さぶるよりも、CGで美しい画像をつくることを競う。
1日かけてワンカットを撮影したチャップリンのような映画も、
これからは期待できないだろう。

 僕は自分を「現代文学の作家」だと見なしています。
そこには違いがあります。
カフカが小説を書いていた時代には、娯楽といえば他には音楽とか演劇とか、
その程度のものしかありませんでした。
でも今はそうではない。
インターネットが発達し、ケーブル・テレビがあり、レンタル・ビデオがあり、
その他ありとあらゆる娯楽が勢揃いしています。
競争はますます厳しくなっている。
いちばんの問題は時間です。
十九世紀においては人々は--有閑階級のことを言っているのですが--
もっとたっぷり自由な時間を持っていた。
長い分厚い本も楽しんで読むことができた。
三時間も四時間も、ゆっくりオペラを鑑賞することもできた。
ところが今では多くの人々はとんでもなく忙しい人生を送っています。
有閑階級なんてものもどこかに消滅してしまった。
『白鯨』やドストエフスキーの長い作品を読むのは素晴らしいことだけど、
今の大部分の人々には、そんな時間的余裕はたぶんないでしょう。
仕事のために必要な本も読まなくちゃならないし。
 世間の多くの人々にとっては、フィクションなんて
読まなければ読まないで済ませられるものなのです。
だからフィクションというもの自体が、根本的なところで変化を遂げているのです。
僕らは読者の首根っこをおさえて、
こっちまでひっぱってきて無理にでも本を読んでもらわなくてはならない。
ジョン・アーヴィングの表現を借りれば、(読者に)麻薬注射を打たなくてはならない。
現代の小説家はあらゆる手法を用いることを求められています。
音楽だとか、ビデオーゲームだとか、
とにかくほかのいろんな分野における固有のテクニックをね。
ビデオーゲームはフィクションの世界にいちばん近づいているかもしれません。
 僕自身はビデオーゲームというものをやりません。
しかしそこに類似性のようなものを感じないわけにはいかない。
小説を書いているときに、ときどきこう感じるんです。
僕は自分でビデオーゲームをデザインしながら、
同時にプレイヤーとしてそれをプレーしているのではないかと。
僕は自分でそのゲームのプログラムをしている。
そして次の瞬間には僕はその中に入り込んでいる。
僕の左の手は、僕の右の手が何をやっているか知らない。
それは一種の乖離の感覚です。
自分が分裂しているという感覚。

b0217643_1934945.jpg



[PR]



by totsutaki2 | 2013-02-17 19:35 | 読書

市民ランナーの市井の日常。 日々の出来事、感動を忘れないために
by TOTSUTAKI
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

ブログパーツ

メモ帳

最新のトラックバック

自省録
from 哲学はなぜ間違うのか
宝石のような輝をもった印..
from dezire_photo &..
美術史に新境地を開拓し「..
from dezire_photo &..
既成概念から絵画の解放に..
from dezire_photo &..
ハプスブルク家の悲劇 3..
from 投資一族のブログ

ライフログ

検索

最新の記事

2016/3/29 ブログ変..
at 2016-03-29 22:37
2016/3/27 ダイヤモ..
at 2016-03-27 21:01
2016/3/25 鳥せい本店
at 2016-03-25 22:59
2016/3/23 日本酒飲..
at 2016-03-23 20:30
2016/3/22 ブリュッ..
at 2016-03-22 23:25

外部リンク

ファン

ブログジャンル

画像一覧