自省録

2013/2/15 村上春樹 夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです2 作家としてのテクニック2

【走った距離】  6.39km
【今月の累積距離】  157.45km
【ペース】 平均 5'58"/km、 最高 5'34"/km
【天気】 雨のち曇り
【気温】 最高 6℃、最低 2℃
【体重】  64.3kg
【コース】
淀駅~会社
【コメント】
村上春樹版 文章読本 その2。
村上春樹の本を読むと、自分が社会から隔離され、
井戸の底にいるような気分になる。
このエッセイを読んで、
村上春樹の本を読むことによって、彼の執筆中の体験の追体験をしているのだと気づいた。

 小説を書いているとき、僕は暗い場所に、深い場所に下降します。
井戸の底か、地下室のような場所です。
そこには光がなく、湿っていて、しばしば危険が潜んでいます。
その暗闇の中に何がいるのか、それもわかりません。
それでも僕はその暗闇の中に入って行かなくてはならない。
なぜならそれこそが、小説を書いているときに僕がいる場所だからです。
僕はそこで善きものに巡り会い、悪しきものに巡り会い、ときには危険に遭遇します。
そしてそれらを文章で描写します。
僕の小説に登場する悪しき人格
-たとえば『ねじまき鳥クロニクル』に出てくる皮剥ぎボリス--
彼らは僕がその暗闇の中で巡り会った人々です。
僕は彼らの存在を感じることができます。
彼らの息づかいを感じることができます。
ときには寒気のようなものを感じることもあります。
僕はそれをできるだけ正直に描写しなくてはならない。
それが何を意味するのかはわからないけれど、
そういうものがそこにあることを僕は感じるのです。
 『アンダーグラウンド』においては、
言うまでもなく教団のグルである麻原が悪しさ存在です。
純粋な悪、と言ってしまっていいかもしれない。
彼は多数の人間を破滅に導きました……
なんだかよくわからない目的のために。
彼が悪そのものなのか、
あるいはただ悪しきものを精神に抱いていた普通の人なのか、
それは僕にはわかりません。
とにかく彼はここにあるシステムを、社会体制を破壊しようと試みました。
屈曲した、正しからざる存在です。
彼は自らの中に暗黒と、大きな虚無を抱え込んでいた。
僕は『アンダーグラウンド』を書きながらずっと、
その悪なるものの存在を感じ続けていました。
それはある意味、恐ろしい体験だった。
『アンダーグラウンド』が刊行されたあとも、
その悪はいったいどのようなものだったのか、知りたいと思いました。
麻原はもちろんきわめて特殊な存在です。
どう見ても狂った精神を持っています。
しかし我々自身の中にも、やはり狂気や、正常ならざるものや、
不適当なものはあるかもしれません。
僕は自分の暗闇の中に存在するかもしれないそのようなものを、
もっとよく見てみたいと感じました。
僕が『アンダーグラウンド』のあとにやっているのは、そのような作業だと思います。
 フィクションを書くのは、夢を見るのと同じです。
夢を見るときに体験することが、そこで同じように行われます。
あなたは意図してストーリー・ラインを改変することはできません。
ただそこにあるものを、そのまま体験していくしかありません。
我々フィクション・ライターはそれを、目覚めているときにやるわけです。
夢を見たいと思っても、我々には眠る必要はありません。
我々は意図的に、好きなだけ長く夢を見続けることができます。
書くことに意識が集中できれば、いつまでも夢を見続けることができます。
今日の夢の続きを明日、明後日と継続して見ることもできる。
これは素晴らしい体験ではあるけれど、そこには危険性もあります。
夢を見る時間が長くなれば、そのぶん我々はますます深いところへ、
ますます暗いところへと降りていくことになるからです。
その危険を回避するには、訓練が必要になってきます。
あなたは肉体的にも精神的にも、強靭でなくてはなりません。
それが僕のやっている作業です。
 もし悪夢を見れば、あなたは悲鳴を上げて目覚めます。
でも書いているときにはそうはいきません。
目覚めながら見ている夢の中では、
我々はその悪夢を、そのまま耐えなくてはなりません。
ストーリー・ラインは自立したものであり、
我々には勝手にそれを変更することぱできないからです。
我々はその夢が進行するままを、眺め続けなくてはなりません。
つまりその暗黒の中で自分がどこに向かって導かれていくのか、
僕自身にもわからないのです。

 想像力は誰でも、たぶん同じように持っているものです。
人によってそれほど差があるとは思えません。
ただ難しいのは、それに近づいていく場所です。
誰でも、きっと自分の想像世界を魂の中に持っているはずです。
しかしその世界へ行き、特別な入口を見つけ、中に入って行って、
それからまたこちらにもどってくるのは、決して簡単なことではありません。
僕にはたまたまそれができた。
もし読者が僕の本を読んで、その過程で同感したり共感したりすることができたとしたら、
それは我々が同じ世界を共有できたということなのです。
 僕は決して選ばれた人間でもないし、また特別な天才でもありません。
ごらんのように普通の人間です。
ただある種のドアを開けることができ、その中に入って、暗闇の中に身を置いて、
また帰ってこられるという特殊な技術がたまたま備わっていたということだと思います。
そしてもちろんその技術を、歳月をかけて大事に磨いてきたのです。

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by totsutaki2 | 2013-02-15 22:41 | 読書

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