自省録

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2012/4/30 桂川の菜の花

【走った距離】  21.41km
【今月の累積距離】  353.79km
【天気】 曇り 
【気温】 最高 22℃、最低 19℃
【体重】 64.1kg
【コース】
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【コメント】
昨日の続き。
桂川の土手を会社までランニング。
菜の花が満開
空と川の青とのコントラストが美しかった。
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by totsutaki2 | 2012-04-30 17:49 | 旅行

2012/4/29 新緑の背割堤

【走った距離】  24.7km
【今月の累積距離】  332.38km
【天気】 快晴 
【気温】 最高 26℃、最低 19℃
【体重】  64.2kg
【コース】
昨日
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今日
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【コメント】
昨日は疲れ気味だったので八幡市から会社までランニング。
途中で背割堤を走った。

ピンクのトンネルは新緑のトンネルに代わっていた。
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ハナミズキが美しい。
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タンポポの群生。
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人はほとんどいない。
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by totsutaki2 | 2012-04-29 19:19 | ランニング

2012/4/27 ダライ・ラマのツイッター24

【走った距離】  8.72km
【今月の累積距離】  291.39km
【天気】 快晴 
【気温】 最高 24℃、最低 14℃
【体重】  65.0kg
【コース】
淀駅~会社
【コメント】
Having a more compassionate attitude helps you communicate more easily with your fellow human beings.

いっそう思いやり深い態度をとれば、仲間との会話がよりいっそう簡単になる。

If you become more concerned for the welfare of others, you will experience a sense of calm, inner strength and self-confidence.

他人の幸福によりいっそう気を配るようになれば、心の静けさと心の強さ、自信を体験できる。

As individuals and nations become increasingly interdependent, we have no choice but to develop a sense of universal responsibility.

個人も国家も互いの依存が増加するににつれて、普遍的な責任感を持たざるを得なくなる。

Just as we need good physical health we also need strength of mind to ensure our well-being; and we develop it by cultivating ethics.

幸福を確かなものにするには、身体の健康が必要なように心の強さが必要である。
こころの強さは道徳心を磨くことによって得られる。

Whenever I meet someone I try to look for their positive qualities, which immediately gives me a feeling of connectedness with them.

人に会う時にはいつもその人の良い資質を見るようにする。
そうすれば直ちにその人たちと心が結ばれている気持になれる。

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by totsutaki2 | 2012-04-27 23:09 | 心の使い方

2012/4/26 ダライ・ラマ14世 幸福論6

【走った距離】  0km
【今月の累積距離】  282.67km
【天気】  
【気温】 最高 20℃、最低 16℃
【体重】  65.9kg
【コメント】
「誰もが心に持っている徳を育てる」

ほんとうの幸せが心の平和を通じて得られることを考えれば、
自分を抑えるだけでは不十分です。
気質、習慣、そして自分自身を変えて、
いつでも思いやりをもって行動できるようにするためには、
いわゆる「徳」を育てることが必要になります。
誤った思考や感情をもたないようにすると同時に、
自分のなかのよい資質を育て、
強化していかねばなりません。
よい資質とはなんでしょう? 
それは、人間としての基本的な資質です。
精神的な資質と言ってもいいでしょう。

忍耐はわたしたちが誤った思考や感情にのみこまれるのをとどめてくれる力です。
もちこたえる力があれば、逆境を前にしても心の平和を失わずにすみます。
忍耐によって、わたしたちの行いは道徳的に健全なものとなります。
前にも見たように、道徳を実践するための第一段階は、
誤った思考や感情が生じたとき、
それに自分かどう応じるべきかを考えてみることです。
そして、次の段階-‐--つまリブレーキをかけたあとにやることが、
忍耐によって誤った衝動に逆らうことなのです。

忍耐の最大の利点は別のところにあります。
わたしたちの心の平和を乱し、幸せを妨げる最大の脅威は、怒りです。
その怒りがもたらす苦悩に対して、忍耐が強力な解毒剤になってくれるのです。
わたしたちの内部に沸き起こる怒りを押しとどめ、
その破壊的な影響が出ないようにしてくれるものとして、
忍耐ほど効果的なものはありません。
考えてもみてください。
どんなにお金があっても、怒りを抑えることはできません。
どんなに教育かあり、成功し、頭がよくても、
やはり怒りを抑えることはできないでしょう。
法律も役に立ちません。
名声にしても同じです。
心のなかの忍耐だけが、
誤った思考や感情にのみこまれるのを防いでくれるのです。

忍耐という徳を自分のものにするための第二段階は、
逆境におかれた場合、それを心の平和を乱す脅威としてとらえるのではなく、
忍耐を養うための貴重な機会だと考える
ことです。
そうすれば、自分を傷つけている当の相手でも、
自分に忍耐を教えてくれる先生だと思えるようになります。
どんなに賢く、りっぱな人にさとされたところで、
聞いただけでは決して学べたいことを、その人は教えてくれるのです。
逆境からなら、わたしたちは忍耐という徳を学べます。
とりわけ自分を傷つけている相手こそ、心を鍛え、
それに即した行いを実践するためのまたとない機会を与えてくれるのです。

自分の人生に完全に嫌気がさしたとき、
どうがんばっても苦しみを乗りこえられないと思われたときには、
いったいどうしたらいいでしょう? 
程度の差こそあれ、人はだれでもこんなように感じるときがあるものです。
そんなときには、あらゆる手段を尽くして、
自分の気持ちを引き立たせることが肝要です。
自分の幸運を数え上げてみるのもいいでしょう。
たとえば、あなたは誰かに愛されてはいませんか。
なにかの才能をもってはいませんか。
十分な教育を受けてはいませんか。
食べるもの、着る服、住むところなど、基本的な必要が満たされてはいませんか。
過去に利他的な行いができたのではありませんか。
自分の人生にはんの少しでもよいところがあったなら、
それも考慮に入れなくてはなりません。

自己憎悪や絶望といった極端な状態におちいらないように、
視野を広く保つためのもうひとつの方法は、
他の人の幸運を喜べる心のゆとりをもつことです。
その一環として、相子に対する敬意をことあるごとに示すといいでしょう。

徳を実践するのは、小さい子供を育てるようなものです。
とても一筋縄ではいきません。
最初はとくにそうですが、自分の習慣や気質を変えていくには、
細心の注意を払う必要がある
でしょう。
自分ができることに対して、現実的な見方をする必要もあります。
今の自分ができあがるまでには、長い時間がかかったはずです。
同じように、習慣は一夜にして変えられるものではありません。
自分の進歩とともに目標を高くしていくのはけっこうですが、
理想を基準にして自分の行動を判定してはいけません。
大切々のは一気にたいへんな努力をして、あとはだらけてしまうのではなく、
川の流れのように着実に、変革というゴールを目指して進んでいくことなのです。

自分を変えていくのは、一生をかけてのたいへんな仕事です。


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by totsutaki2 | 2012-04-26 23:40 | 読書

2012/4/25 ダライ・ラマ14世 幸福論5

【走った距離】  8.44km
【今月の累積距離】  282.67km
【天気】 くもり 
【気温】 最高 26℃、最低 17℃
【体重】  64.9kg
【コース】
淀駅~会社
【コメント】
「自らを律する強さを持つ」

そこで第一にやるべきことは、
自己の内面を訓練する習慣をつけることです。

 心の本質は、池の水のようなものです。
嵐で水がかき乱されれば、他の底の泥が浮き上がって水をにごらせます。
しかし水の本質は汚いものではありません。
嵐がおさまれば、泥はまた底に沈んで、水は透明に戻ります。
心や意識も同じです。
一定で変わらないものと一般には思われていますが、
よく考えてみると、そこにはさまざまな経験がつぎつぎに反映されています。
物質を直接とらえる知覚もはたらいていれば、
言語や概念を通じて生まれる思考や感情もあります。
わたしたちが意図的にはたらきかけるなら、心の状態を変えることさえできます。
たとえば、慰めや安心を得ることで恐怖はずいぶん和らぎます。

自分の利益よりも他人の利益を考えて心を決めれば、
よい行動ができるということです。
反対に、他人を無視すれば、
そのあとの行動は反道徳的な誤ったものになるでしょう。

誤った助言を与えている思考や感情は、それ自体が一種の苦しみです。
これらが大きくなると、心は感情でにごり、
わたしたちは内面にもやもやしたものを感じることになります。
身体的な影響も出ます。
怒っている最中には、いつもの落ちついた態度が大きく崩れているはずです。
こうなれば他人にも気づかれてしまうでしょう。
また、これはだれでも経験があるでしょうが、
家族のひとりが機嫌が悪いだけで家中の雰囲気が悪くなります。
怒っている人には人間も動物も近寄りません。
こうした心の乱れがあまりに強いときは、
自分ひとりではもてあましてしまうこともあります。
その結果が、他人へのやつあたりです。
だれかに当たることによって、自分の心の乱れを外に転化するのです。

誤った思考や感情は、わたしたちのもっとも基本的な願い、
すなわち幸せになりたい、苦しみを避けたいという願いを妨げるものです。
こうした感情にとらわれて行動すると、
自分の行動が他人におよぼす影響を忘れてしまいます。
その結果、自分にも他人にも有害なふるまいをしてしまいます。
殺人を犯したり、不正なことをしたり、人をだましたりするのも、
もとはといえば苦悩をもたらす感情を抱いたからです。
心の鍛練が大事だというのは、このためです。
どうしても避けられない苦しみ(病気や老いや死など)を別にして、
わたしたちを悩ませるすべてのものは、
鍛えられていない心
――怒り、憎しみ、強欲、高慢、身勝手さなどにとらわれた心--
に原因があります。
苦悩をもたらす感情に自分がどう立ち向かっているかの確認を怠れば、
自分をも他人をも悩ませる苦しみに扉を開いているようなものです。

 したがって、わたしたちは自分の体がなにをするか、
自分の口がなにを言うか、自分の心がなにを考え、なにを感じているかに、
よくよ注意を払わなければなりません。
ごく些細なサインでも見逃してはならず、
つねに自分に問いかけてみる必要があります。

「誤った破壊的な思考や感情を抱いているときと
健全な感情を抱いているときとでは、
わたしはどちらが幸せだろうか?」
「意識の本質とはなんだろう? 
それはひとりでに存在するものだろうか? 
それともほかの要因があって初めて存在するのだろうか?」
とにかく考えて、考えて、考え抜くことです。
科学者になったつもりで、データを集め、分析して、
ふさわしい結論を引き出すべきです。
自分のなかの悪い芽を見つけることは一生を通じての仕事であり、
どこまで追求しても終わりが見えるものではありません。
けれどもこれをやらないかぎり、
自分の生き方のどこを変えるべきなのかは、決して見えてこないでしょう。


大阪城とハナミズキ
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by totsutaki2 | 2012-04-25 23:07 | 読書

2012/4/24 ダライ・ラマ14世 幸福論4

【走った距離】  8.26km
【今月の累積距離】  274.23km
【天気】 快晴 
【気温】 最高 24℃、最低 12℃
【体重】  65.5kg
【コース】
淀駅~会社
【コメント】
「思いやりという大切な感情」

 忍耐や寛容などのすぐれた資質は、思いやりから生まれると同時に、
思いやりを深めもします。
したがって精神修養では徹頭徹尾、
この思いやりが重要視されているのです。
とはいえ、宗教的な見解を別にしても、愛や思いやりは明らかに、
だれにとっても重要なものです。
他人を傷つけないのが道徳的な行いであることを前提とするなら、
当然ながらわたしたちは他人の気持ちを考慮に入れなければならりません。
そのための基盤が、わたしたちのなかにある感情移入の能力です。
この能力は、愛や思いやりにもなります。
思いやりを妨げる要素をはねつけ、
思いやりを育む要素を大切にしていくなかで、
わたしたちの道徳観も高まっていきます。
もうおわかりでしょう。
これがやがて自分の幸せに、
そして他の人たちの幸せにつながっていくのです。


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by totsutaki2 | 2012-04-24 23:22 | 読書

2012/4/23 ダライ・ラマ14世 幸福論3

【走った距離】  8.56km
【今月の累積距離】  265.97km
【天気】 雨のち曇り 
【気温】 最高 21℃、最低 14℃
【体重】  65.1kg
【コース】
淀駅~会社
【コメント】
他人を思いやろうと努力することによる、
こころの平和の獲得、
悲しみの克服。

大事なことはこころの姿勢、
外の世界とどのようにかかわっていくか。

行動はすべて、他人の幸せにつながっている。
ほんとうの幸せとは、愛情や思いやり、忍耐、寛容、謙虚さなど、
精神的な姿勢から生まれる。

「本当の幸せとはなんだろう」

 ご存じのように、わたしの祖国はひどく破壊され苦しめられています。
母も親戚も、親しい友人たちも失いました。
こうして失ったもののことを考えると、悲しくてならないのは事実です。
それでも、わたしは基本的に安らかな気持ちでいます。
たいていの日は、心穏やかに、満足して暮らしています。
つらいことはまた起きるに違いないと思いますが、
くよくよ考えて過ごしたりはしません。
わたしは一瞬の迷いもなく、自分が幸せであると言えます。
 わたしの経験をもとにするなら、はんとうの幸せとは、
心の平和だと言ってさしつかえないでしょう。
これはなにも、「超越」しているという意味ではありません。
無感情のことを指しているのでもありません。
むしろ逆に、わたしの言う平和とは、他人への思いやりに根ざしたものであり、
そこには多くの感情がつまっています。
もちろん、自分が他人への思いやりを十二分に示せていると言うつもりはありません。
そうではなく、自分が他人をもっと思いやろうと努力しているところに、
わたしの心の平和はあるのです。

 心の平和を得るための条件として、もっとも大切なのは、
わたしたちの基本的な姿勢です。
ここでもう一度、わたし自身のことを例に出させてください。
今でこそ毎日を穏やかに過ごせるようになりましたが、
かつてのわたしはかなり気が短く、かっとして怒り出すこともときどきありました。
もちろん今日でも、平静を失うことはあります。
ちょっとしたことが妙に気に障って、ひどく心が乱れるわけです。
たとえば朝起きて、さしたる理由もないのに、気持ちが動揺していることがあります。
こうなると、ふだんは喜ばしく感じていることまで、なぜかいらだたしくなります。
腕時計に目をやっただけで、不快感をおぼえます。
これは執着のもと以外の何物でもない、
こんなものがあるから苦しみが深まるのだと思ってしまうのです。
ところが別の日には、朝起きて腕時計を見て、
とても精巧で美しいと感じているわたしがいます。
もちろん、腕時計は同じものです。
なにが違っているのでしょう? 
ある日にはたまらなく不快になっているのに、次の日には満足しているのは、
単なる偶然のいたずらなのでしょうか? 
それとも、自分ではどうしようもない神経のメカニズムがはたらいているのでしょうか? 
もちろん、もって生まれた資質もいくらかは関係しているでしょう。
しかし大きな要因は、間違いなくわたしの心の姿勢です。
わたしたちの基本的な姿勢、
つまり、外の世界とどのようにかかわっていくかということは、
心の平和を得る上で、第一に考えなければいけないことです。
かつてインドの偉大な学者シャンティデーヴァは、こんなことを言っています。
草木のとげで足の裏を痛めたくないからといって、
地面にくまなく革を敷きつめようとするのは無理なことであるし、
実際にその必要もない。
なぜなら足の衷裏に革を巻けば十分なのであるから、と。
わたしたちは必ずしも外部の状況を
自分の都合のいいように変えることはできないけれども、
自分の姿勢を変えることならできるのです。

 ここからなにが言えるのでしょう? 
第一に、わたしたちの行動はすべて、
他のあらゆる人びとの幸せにつながっているということです。
ですから、他人を傷つけないようにするために、道徳は欠かせない手段となります。
第二に、ほんとうの幸せとは、愛情や思いやり、忍耐、寛容、謙虚さなど、
精神的な姿勢から生まれるということです。
こうした姿勢こそが、自分と他人の両方に幸せをもたらしてくれるのです。


大阪城天守閣と枝垂桜
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by totsutaki2 | 2012-04-23 23:32 | 読書

2012/4/22 造幣局 「桜の通り抜け」

【走った距離】  22.38km
【今月の累積距離】  257.41km
【ペース】 平均 6'11"/km、 最高 5'44"/km
【天気】 雨 
【気温】 最高 17℃、最低 15℃
【体重】 64.4kg
【コース】
自宅~京橋
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【コメント】
大阪の桜の締めくくりは造幣局の「桜の通り抜け」
小雨の中、造幣局までランニング。
129品種354本。
ヤエザクラが中心だが花弁の数、形、色が微妙に違う。
去年は中国人がほとんどいなかったが、
今年は多くの中国からの団体客がいて、
桜の下で「イー、アル、サン」と言って写真を撮っていた。

入口。雨のおかげで空いている。
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紅笠(べにがさ)

北海道松前町で育成された。
花は淡紅色で、直径5~6cmもある大輪。
花弁数は50~60枚ある。
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関山(かんざん)

明治初年東京荒川堤の桜として有名になった。
花は濃紅大輪で、花弁数は30枚程である。
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小手毬(こでまり)

多数の花が枝の先に密生して咲き、小さな手毬の状態となる。
花は、中輪の淡紅色である。
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普賢象(ふげんぞう)

室町時代から京都にある有名な桜。
花の中から葉化した二つの雌しべが突き出し、その先端が屈曲する。
その状態が、普賢菩薩の乗る象の鼻に似ている。
花は淡紅色であるが、開花が進むにつれ白色となる。
花弁数は20~40枚ある。
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菊桜(きくざくら)

花弁数が100~200枚と非常に多く、
菊の花に似た優雅な桜。
花は淡紅色。
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松月(しょうげつ)

東京荒川堤にあった名桜。
花は最初淡紅色で、次第に白色となる。
花弁数は25枚程で、葉化雌しべがある。
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九重(ここのえ)

大島桜系の里桜。
花は淡紅色で、内側も外側も花びらが同色。
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鐘馗(しょうき)

東京荒川堤にあった桜。
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日暮(ひぐらし)

東京荒川堤にあった品種。
花は外側の花弁の先端と外面は淡紅紫色、
内側の花弁はほとんど白色。
花弁数は約20枚。
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楊貴妃(ようきひ)

昔、奈良地方にあった桜。
つぼみは濃紅色であるが、開花時には淡紅色となる。
花色も優れ豊満なので、中国の楊貴妃を連想して名付けられた。
花弁数は、20枚程。
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思川(おもいがわ)

栃木県小山市の修道院にあった十月桜の種から育成された。
修道院の下を流れる川の名にちなんで、この名が付けられた。
花は淡紅紫色。
花弁数は6~10枚ある。
十月桜は4月上旬頃と10月頃の年2回開花する。
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簪桜(かんざしざくら)

京の桜守 佐野藤右衞門が東北の旅の途中見つけた。
花が簪に似ている。
花は淡紅色で、花弁数は14~31枚。
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御衣黄(ぎょいこう)

花は黄緑色で、開花が進むにつれて
花弁の中心に紅色の縦線が現われる大変珍しい品種。
花弁数は15枚程。
いわゆる黄桜。
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鬱金(うこん)

古くから知られた桜。
江戸時代には京都知恩院に植えられていた。
樹姿は直立高木で、花は淡黄緑色のショウガ科のうこんの根の色に似ている。
花弁数は10~15枚。
こちらもいわゆる黄桜。
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大川の対岸から造幣局を望む。
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by totsutaki2 | 2012-04-22 19:02 | 旅行

2012/4/21 ダライ・ラマ14世 幸福論2

【走った距離】  26.80km
【今月の累積距離】  km
【ペース】 平均 6'04"/km、 最高 5'41"/km
【天気】 くもり
【気温】 最高 23℃、最低 18℃
【体重】  64.4kg
【コース】
自宅~会社~伏見
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【コメント】
宗教は重要ではない!

「魔法でもなく神秘でもなく」

私は今、人が宗教を信じるかどうかは
大して重要ではないと結論するに至っています。

私の考える精神性とは、
人間の称えるべき心のありようを示しています。
愛情や思いやり、我慢強さ、寛容さ、許す心、満足する心、責任感、協調性といった、
自分だけでなく他人にも幸せをもたらすものです。

私が「精神性」と称している心のありようの共通点を挙げるとすれば、
多かれ少なかれ他人の幸福を考えるということになります。

精神性を養うことで、自分の心や考え方を変えて行けたなら、
私たちはそれだけ逆境に耐えられるようになり、
道徳的に健全な行いを自然とできるようにもなるはずです。

人は自分の見たい現実しか見ない。
ガイウス・ユリウス・カエサル


「まず現実を正しく理解する」

認識を誤ってしまう原因は、もちろんすべてとは言いませんが、
たいていの場合は、わたしたちがついものごとの一部分だけを見て、
それを全体だと思ってしまうところにあります。
したがって、視野が狭くなり、そこから間違った思いこみが生まれます。
しかし現実をよく考えてみれば、その果てしない複雑さにすぐ気がつきます。


花が終わり、静かさの戻った背割堤。
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by totsutaki2 | 2012-04-21 21:34 | 読書

2012/4/20 ダライ・ラマ14世 幸福論

【走った距離】  km
【今月の累積距離】  km
【ペース】 平均 '"/km、 最高 '"/km
【天気】 雨 
【気温】 最高 17℃、最低 14℃
【体重】  64.9kg
【コース】
淀駅~会社
【コメント】
いつもツイッターをフォローしているダライ・ラマ14世の本。
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ダライ・ラマはチベット仏教の最高位で観音菩薩の化身。
ダライ・ラマが没すると転生した子供を見つけ出して後継者とする。
現在のダライ・ラマ14世は1935年チベット北部の小さな農家で生まれた。
3歳の時、ダライ・ラマの化身の捜索隊がお告げに導かれてやってきた。
捜索隊は身分を隠していたのに、少年は正体を見破り、
ダライ・ラマ13世の正しい遺品のを見分け、「それ、ボクのだ」と言った。
政府が厳密に審査した結果、第13世ダライ・ラマの転生と認定された。
しかしダライ・ラマ14世は苦難の道を歩んでいる。
1950年に中華人民共和国の人民解放軍がチベットを制圧。
ダライ・ラマ14世はインド北部にチベット亡命政府を樹立し、
亡命政府の長となった。
1989年には、世界平和やチベット宗教・文化の普及に対する貢献が評価され、
ノーベル平和賞を受賞した。

ツイッターではCompassion(思い遣り)が強調されているが
著書でもその教えは変わらない。

人はどうしたら幸せになれるのか

 わたしには、わたしたち人間が苦しんでいる不幸のほとんどは、
自らが作り出したものではないかと思えるのです。
ですから原則として、不幸は少なくとも避けることができます。
さらに、総じて道徳的な生活を送っている人は、
そうでない人よりも幸せそうで、満たされているように見えます。
そう考えると、わたしのこれまでの信念はいっそう強くなるのです。
わたしたちは自分の考えや気持ちを切り替えて、違った行いをしてみるなら、
苦しみをもっと簡単にやり過ごせるばかりか、
その苦しみの多くを最初から避けられるはずだ、と。

世界中のどこでも、人びとは思いつくかぎりの手段を使って、
必死に自分の暮らしをよくしようとしています。
ただ不思議なことに、どうも物質的に豊かな国の人びとは、
りっぱな産業があるにもかかわらず、
発展途上にある国の人びとより不満そうで、不幸せそうで、
苦しみもいくぶん大きいように見えます。
豊かな人と貧しい人を比べてみますと、
往々にしてなにももっていない人は、
肉体的な痛みや苦しみに悩まされてはいても、
実質的にはいちばん不安が少ないのです。
豊かな人はほとんどが、自分の財産の賢い使い方、
たとえばぜいたくな暮らしをするのではなく、
貧しい人に分け与えるといったこと-を知りません。
自分の財産を増やすことばかりで頭がいっぱいになり、
他のことを考える余地がないのです。
自分のことに気をとられるあまり、
豊かな人は幸せな世界をつくれるはずなのに、
その夢を忘れてしまいます。
その結果、つねに悩みにとりつかれているのです。
なにが起こるかわからないという疑念と、
もっと財産を増やしたいという願望とのあいだで苦しみもだえ、
たとえ外面的には何不自由ない暮らしを送っているように見えても、
頭と心はひとときも休まらないのです。
実際に、物質的に豊かな国では、驚くほど多くの人が、
とても大きな不安と不満をもち、いらだち、絶望にさいなまれています。
道徳とはなにか、道徳の基盤とはなにかが
昨今ますます見えなくなっているのも、
明らかにこうした心の苦しみと関連しています。

心の苦しみはえてして物質的な豊かさの中にこそあります。

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by totsutaki2 | 2012-04-20 23:43 | 読書

市民ランナーの市井の日常。 日々の出来事、感動を忘れないために
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