自省録

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2011/10/31 大阪マラソン ペース比較

【走った距離】  6km
【今月の累積距離】  348.855km
【天気】 晴れ 
【気温】 最高 23℃、最低 17℃
【体重】  64.7kg
【コース】
淀駅~会社
【コメント】
大阪マラソンには7人でグループ参加したが、レース中は別々である。
どんな走り方をしているのか分からない。
しかしランニングペースを比較すると
それぞれのランニングスタイルが伺えて面白い。

Nさんは4分30秒/km台のほぼフラットで理想的なペース。
Kさんは前半は4分20秒/km台だったが、
2週間前の四万十川ウルトラマラソン100kmの疲れが残っていたため、
後半ペースが落ちた。
体調が万全でなかったAさん、Sさんはペースが徐々に落ちて、
見るからに大変そうなランニング。
Hさんはフラットなペースだが30km~35kmだけペースが落ちている。
何かのアクシデント?
面白いのはIさん。
30kmまでペースが単調に低下しているが、
30kmから見違えるようにペースが上がり、
35km~40kmは私やKさんよりも速い。
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楽しい大会でした。
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by totsutaki2 | 2011-10-31 23:56 | ランニング

2011/10/30 大阪マラソン結果

【走った距離】  42.195km
【今月の累積距離】  km
【ペース】 平均 5'01"/km、 最高 4'36"/km
【天気】 曇りのち雨 
【気温】 最高 20℃、最低 18℃
【体重】  65.3kg
【コース】
大阪マラソン
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【コメント】
19回目のフルマラソン。
結果は3時間32分41秒で自己第2位。
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最近の3回のレース(アムステルダム、バルセロナ、大阪)でのスピードを比較する。
アムステルダムで自己ベストの3時間28分が出たが、
バルセロナでは30km以降にペースが急降下して、完走タイムも3時間37分まで落ちた。
今日の大阪では4分50秒~55秒のペースを最後まで守るプランだったが、
ペースが落ちてしまった。
しかしバルセロナほどではなかったので、自己第2位の完走タイムで走ることができた。
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大阪マラソンのコースは道幅が広く、
高低差も37kmの南港大橋を除けばフラットで走りやすい。
通天閣は見えなかったが銀杏の色づいた御堂筋のランニングは気持ちが良かった。
天候も曇り空で、時折降る小雨もシャワー替わりで快適だった。
トラブルもなく、声援ももらって3時間32分楽しく走ることができた。
自己第2位のタイムが出せたので満足。

ゴールの瞬間。
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完走メダル。
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ゴール後、足湯とマッサージをしてもらった。
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グループエントリーした7名は72歳のSさんも故障を抱えたAさんも含め全員完走。
自主参加で歩道を走った師匠も一緒に鳥せいでお疲れ会。
(師匠は枚方の自宅から大阪城まで走って行ったので、今日は60km以上走っている)
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by totsutaki2 | 2011-10-30 20:48 | ランニング

2011/10/29 大阪マラソン前日

【走った距離】  6.18km
【今月の累積距離】  300.66km
【天気】 晴れ 
【気温】 最高 24℃、最低 16℃
【体重】 65.8kg
【コース】
枚方新橋付近
JOG 6kmと最終刺激1km(4分18秒/km)
【コメント】
マラソンの受付に南港に行く。

マラソンのゴールのコスモタワーとミズノ本社。
明日はここを目指して走ることになる。
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マラソンエキスポのひらかれたインテックス大阪。
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受付会場。
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メインサポーターのミズノブース。
ミズノ本社がゴールのレースなので、
大阪マラソンはある意味ではミズノのためのマラソン。
因みに神戸マラソンのゴールはアシックス本社。
大阪マラソンはミズノのためのマラソンであり、
神戸マラソンはアシックスのためのマラソンである。
世界のメジャーなマラソンレースのほとんどをサポートしている
アシックスとミズノのホームグランドのレースという意味で、
大阪マラソンと神戸マラソンは特別なレースである。
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ミズノ本社にあるギャラリーに立ち寄った。

カール・ルイスのスパイク。
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末續 慎吾のスパイク。
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アシックスのギャラリーでは高橋尚子や野口みずきなどのスペシャルシューズが並ぶが、
ミズノのギャラリーではマラソンランナーのシューズはなかった。

室伏 広治のアテネオリンピックの金メダル
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室伏 広治のシューズ。
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イチローのバットとグラブ。
イチローはアシックスのシューズを履いているのでシューズの展示はない。
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本田 圭佑のシューズ。
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ゼッケンをレースウェアに取り付ける。
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by totsutaki2 | 2011-10-29 19:14 | ランニング

2011/10/27 緑内障8

【走った距離】  6.34km
【今月の累積距離】  294.48km
【天気】 晴れ 
【気温】 最高 21℃、最低 12℃
【体重】  64.8kg
【コース】
淀駅~会社
【コメント】
目の緑内障の点眼治療を始めてから29週。
眼圧は右が14mmHg、左が16mmHg。
右は目標の13mmHgをクリアできていないが、
これは幸いにも正確な「圧平眼圧計」の値ではなく
簡易版の「空気眼圧計」で測定した参考値。
患者が多くて医師に「圧平眼圧計」で測ってもらう時間がなかったため、
看護婦が「空気眼圧計」で測定してくれた。
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by totsutaki2 | 2011-10-27 23:05 | 健康

2011/10/26 天風伝5

【走った距離】  0km
【今月の累積距離】  288.14km
【天気】 くもり 
【気温】 最高 19℃、最低 13℃
【体重】 64.8kg
【コメント】
5.哲人天風

1913年日本へ帰国途上、
中国で孫文の第2次辛亥革命に「中華民国最高顧問」として協力した。
孫逸仙を刺客から守るために軍事探偵時代のように斬りあうが、
日露戦争の時と斬り方が全く違う。
満州では猛虎が暴れるように遮二無二敵を斬っていたが、
今回は風にそよぐ柳のような状態で澄みきった気持ちで敵を斬る。
一条寺下り松の宮本武蔵のようなものである。
同じことをしても全く違う。
返本還源である。
袁世凱に対する革命は成功しなかったが、
孫文と分け合って200万円の財産を得た。

帰国後、頭山満に「天のまさに大任をこの人に下さんとするや、
必ずまずその心志を苦しめる」という孟子の言葉とともに、
これからあなたはあなたの人生を生きるでない。
人の世のために生きるために、あなたは生まれ変わられたといわれる。
東京実業貯蔵銀行頭取、大日本製粉株式会社重役などを歴任、実業界で活躍する。
もともとが秀才、何をしても一流である。

経営の傍ら、夜毎、料亭にくりだし享楽に身をゆだね、芸者、太鼓持ちにお金をばらまく。
そのような生活を送るうちに、心には空虚さがつのっていった。
それよりも知人に人生を説くほうが楽しい。
頭山満の代わりに1時間の講演を行ったときについに自分の本心に気づく。
1919年突然一切の社会的身分、財産を処分し、街頭で辻説法を始める。
入鄽垂手である。
天風は、自らの体験をもとに心の統御方法を体系化し、平易に説いた。
すさまじい程の迫力で多くの人々を救い、導いた。
財界、政界、官界、法曹界はもとより、芸術家、芸能人、スポーツマンなど、
多くの人々が天風の薫陶をうけた。
天風は人々を教化すること五十年。九十二歳でその劇的な生涯を閉じた。

弟子の前で多くの奇跡を見せたというが、真偽はわからない。
ただし天風の人生そのものが一つの奇跡である。

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by totsutaki2 | 2011-10-26 21:16 | 心の使い方

2011/10/25 天風伝4

【走った距離】  6km
【今月の累積距離】  288.14km
【天気】 晴れ 
【気温】 最高 21℃、最低 16℃
【体重】  64.8kg
【コース】
淀駅~会社


【コメント】
4.悟り

日本への帰途、天風の乗った荷船はイタリアの砲艦がスエズ運河で座礁したため
アレクサンドリアで数日間待機することになった。
フィリッピン人の缶焚き人夫に誘われピラミッドに見物でかけた。
カイロに着いた翌朝、天風は大喀血をした。
天風はめまいがひどくペッドで死んだように、横たわっていた。
4時頃、ホテルのボーイが「何か食べなければ」と
天風を抱きかかえて食堂につれていった。
スープもサラダも砂を噛むように味気なかった。
テーブルを隔てた向うに、60歳ぐらいの色の浅黒い人物がいた。
後ろに立った従者が、大きな羽根の団扇で風を送っている。
「どこかの王様かな」と天風は、その人物を見た。
テーブルの上の蠅に、その人物が指をさすと蠅が動かなくなる。
従者が箸で蠅を壺に投げ入れる。
天風が見ているとその人物も天風を見て、にっこり笑った。
笑える状況ではなかったが、思わず天風も、ひきこまれるように笑った。
すぐさま「こちらにおいで」とその人は、ロンドン訛りでいった。
「承知致しました」と、引きよ上せられるように、天風はその人の前に立った。
その人は、じっと天風を見つめていた。
「お前は右の胸に、大きな疾患がある。お前は祖国へ墓穴を掘りに行こうとしている。
お前は死ぬ必要はない。お前は助かる。わたしについて来なさい」。
その人は厳かにいった。
レントゲンのない時代に右の肺の疾患をインスピレーションで言い当てた。
思わず天風は「承知致しました」といってしまった。
翌朝、ナイル河に浮かぶ三本マストの白い船にその人は立っていた。
そしていった。「お前は救われた」と。
それから三ヵ月後、天風を連れた一行はヒマラヤの第三の高峰、
カンチェンジュンガの麗の村に到着した。
この村は古い歴史を誇るヨガの修行の根拠地であった。
天風がカイロで出会った不思議な人物は、ヨガの聖者カリアッパ師であった。
イギリスの国王に会った帰り道の師に、エジプト、カイロで天風はめぐりあった。
まさに運命的な出会いである。

倫理的な戒律の行、
様々のポーズをとる肉体的な行、
呼吸を強め、整える呼吸の行、
感覚を統御する行、
精神を集中する行、
そして無念無想の行などを
他のヨガ修行者連よりも早く天風は修得し、
さらに厳しい心的訓練に進んだ。
轟々と耳を聾する程の音を立てて落ちる滝壷で、坐り続けた天風の耳は、
鳥の声や地虫の声を聴く程に集中しきった。
激しい修行の中で、天風の魂の夜明けは近かった。
ついに天風は、天の声、声なき声を聴く。
アブソルートサイレンス、絶対のしじまの境地に入る。
人牛倶忘である。
大感動の中で聖なる体験に到達する。
天風は、「わが生命は、大宇宙の生命と通じている」と直観する。
生命は、生きて、生きて、ひたむきに生きぬくものである。
生きぬくために生命は、強い力とすばらしい智恵を保有している。
天の声を聴き、人の命の中の本然の力が湧き出る。
この聖なる体験を契機として、肺患の青年天風は、哲人天風に飛躍した。
天風を悩まし続けていた結核はおさまり、痕跡を留めるのみとなった。

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by totsutaki2 | 2011-10-25 22:56 | 心の使い方

2011/10/24 天風伝3

【走った距離】  6.21km
【今月の累積距離】  282.14km
【天気】 ハレ 
【気温】 最高 23℃、最低 16℃
【体重】 64.4kg
【コース】
淀駅~会社
【コメント】
3.米欧彷徨

当時の肺結核は、死病ともいわれ、的確な治療薬はなかった。
名医といわれた北里袈裟三郎先生の指導をうけたが病状は好転しなかった。
宗教に救いを求めるかということでキリスト教の名のある牧師が訪れてきたが、
ただ「祈れ」というだけであった。
続いて著名な禅の指導者が、ツカツカと病室へ入ってきて、
いきなり「肺病やみの若い者は、お前か。馬鹿め!!」と罵倒して帰って行った。
世間で著名といわれる人の指導には、
理論もなければ、方法もなく、愛情のこもった説明もなかった。

病床で心が委縮し、卑屈になる。
結核が治らないのは仕方がないとしても、せめて満州時代の
処刑前夜に夢も見ないで眠った銃殺直前の豪胆さを取り戻したいと考え、
心の研究を始める。
天風の尋牛である。

33歳の時、病気のために弱くなった心を強くする方法を求め、
アメリカへ密航する。
病床で読み感動した「いかにすれば希望を達し得るか」という本の著者
スウェッド・マーデンを訪ねるためである。
当時結核患者は渡航が許されなかった。
ニューヨークに著者訪ねたが、的確な説明は得られなかった。
人間改造の講習会に行ったが何も教えてもらえなかった。
エジソンを治している哲学者カーリントンに面会すると
「心を求める姿が尊い」と褒められただけ。
半年で滞在費用の5万円がなくなった。
英語と中国語ができたため、中国人の通訳になった。
語学は学んでおくべきものである。
広東省の華僑の息子の身代りに、コロンビア大学に通い、医学を学ぶ仕事である。
英語は全く話せないが、妾を3人連れて留学していた。
月給1000ドルで8か月身代わり受講し、コロンビア大学医学部を首席で卒業する。
天風が只者ではないことを示す。人並み外れた集中力を持っている。
お礼にさらに8000ドルもらった。
華僑から多額の謝礼をもらったことは、天風の希望を続けさせた。

天風はロンドンにむかった。
アデントン・ブリュースの「病いを治す秘訣」のセミナーに参加した。
先生は「忘れよ、これのみ。病いを忘れよ。これが秘訣だ」と教えてくれたが、
「忘れる方法は教えてくれなかった」

失意の天風は友人の紹介でフランスに渡った。
紹介先は大女優のサラ・ペルナール。
普通は簡単に会える相手ではない。さらに居候などできない。
非常に強い運の持ち主である。
天風はサラに気に入られ、邸にしばらく滞在した。
サラの紹介でリンドラーに会い、「鏡による暗示法」を教わる。
またサラの紹介で天風は、ドイツの著名な哲学者ドリュースに会う。
天風にとって最後の望みであった。
天風の心を強くするには、どうしたらよいかという問いかけに対し、
哲学者は「心というものは絶対に人間の自由にならないものだ。
心をコントロールできるなら宗教も哲学もいらない。
海の魚を盛で捕まえようとしている」といって応接室を出ていった。
天風の最後の望みは崩れていった。
失意のどん底に落ちた時、天風はやみくもに日本に帰りたくなった。
サラ・ペルナールの引き止めるのをふり切って、天風は、マルセーユの港を後にした。
喀血をしながらの2年間の米欧滞在で得たものはカーリントンの「尊い」ということばと
リンドラーの鏡を用いる自己暗示法だけ。
欧州大陸でも、天風の求めるものは、ついに発見できなかった

サラ・ベルナール
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by totsutaki2 | 2011-10-24 23:29 | 心の使い方

2011/10/23 天風伝2

【走った距離】  20.36km
【今月の累積距離】  275.93km
【ペース】 平均 5'16"/km、 最高 4'51"/km
【天気】 晴れのち雨 
【気温】 最高 24℃、最低 19℃
【体重】  63.1kg
【コース】
豊里大橋~枚方新橋


【コメント】
2.軍事探偵時代

玄洋社で天風はその気性の荒さから「玄洋社の豹」と呼ばれる。
恩師 頭山満に「元亀、天正に生まれていたら、
刀一本で天下をとれたろう」といわれる。
日清戦争勃発の前、軍事探偵につれられて天風は、
遼東半島の錦州城、九連城の探索をした。
16歳の時である。
どうせ日本に置いてはろくなものにならないんだから、
満州あたりで殺された方がいい、と頭山満が考えた。
「喧嘩をしても警察に行く必要もなく、人を殺しても懲役に行かんとこがあるが、
どげんじゃ。いくか?」と尋ねられ、
二つ返事で承知した。
満州で初めて真剣の勝負をした。
青竜刀を振り回す馬賊に対して、
「真剣の勝負は腕前じゃない。度胸だぞ」という祖父の話が閃いた瞬間、
仕込み杖で目茶目茶に斬り込んだ。

十年後、日露戦争のための軍事探偵に天風は応募した。
3000人の応募の中から200人が選考され、陸軍大学で1年間訓練を受けた。
訓練は過酷で逃亡者、自殺者が相次ぎ、修了時には113人になっていた。
探偵としての訓練をうけた天風は、ハルピン方面を担当するスパイ活動に入った。
旧満洲での生活は苛酷なものだった。
腐った芋を口にし、ぼうふらのわいた水を飲む。
森や洞穴で眠り、風呂に入らない。
狼に追われる。
鉄橋を爆破し、夜間行軍する砲兵部隊に斬り込み、司令部に秘密文書を盗みに入る。
天風の豪胆と俊敏さは、スパイ活動の中で存分に発揮された。
その中で悪行のかぎりを尽くした。
あの手この手でけんかして、なるべく血煙たてて倒れる切れ味を楽しんだ。
鬼だってあのくらい人を殺したやつはいない。
人斬り天風と呼ばれた。

だがついに、黒竜江軍のコサック兵に捕えられ、死刑の宣告をうける。
銃殺の際に「目隠しはいらない。弾が自分のからだのどこに当たって死ぬか、
それをはっきり覚えて死にたい」という。
銃殺の瞬間、部下の投げた手榴弾の爆発により、助かった。
終戦後帰還。113名いた軍事探偵のうち生還したのはわずか9名。
天風のすさまじい程の活躍は、『満洲秘間』として、
新国劇が上演し、島田正吾が天風を演じた。

日露戦争終了後、韓国統監府の高等通訳官となる。
天風は、しきりに咳をするようになり、
高等通訳官拝命後3日目に大喀血。
悪性の肺結核(粟粒結核)であった。
豪胆だった天風の心は、死への恐怖からすっかり弱くなっていった。

しかしこれが悪鬼天風が哲人天風に生まれ変わるきっかけとなる。

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by totsutaki2 | 2011-10-23 17:49 | 心の使い方

2011/10/22 天風伝1

【走った距離】  20.15km
【今月の累積距離】  255.57km
【ペース】 平均 5'39"/km、 最高 5'20"/km
【天気】 雨 
【気温】 最高 27℃、最低 22℃
【体重】  64.4kg
【コース】
豊里大橋~枚方新橋
【コメント】
ランニングをするようになって8年になる。
その間に身体は面白いように変化した。
走る距離が延び、レースのタイムが短縮した。
体重は減り、服は大きすぎて着ることができなくなった。

そこで考えたことが
ランニングで身体を鍛えるように
心を鍛えることができないか?
私の「尋牛」、牛を尋ねる旅の始まりである。

コーチング本を読んでも心を鍛えることができない。
心を統御できる人は世の中にいるが、
どのようにしてそのようになったのか本に書いてくれない。
たどり着いたのが明治、大正、昭和期の人、中村天風。
自らの体験を基に心の統御方法を体系化してくれた。

天風師の生涯を数回に分けて紹介したい。

1.少年時代

1876年、大蔵省初代抄紙局長の息子、三郎として東京で出生。
祖父は柳川藩主 立花鑑徳。
大名家の三男坊として不自由なく育つ。
武道は六歳の時より家伝の抜刀術隋変流の厳しい修行を受け、達人となる。
また官舎の近くに住んでいた英国人技師に可愛がられているうちに、英語をおぽえた。
まさに文武両道である。
しかし性格は粗暴で他人に対する思いやりがない。
ヘビを捕まえると、地面にたたきつけて
上顎と下顎に手を当てて引き裂かないと承知しない。
けんかをすると、相手の指をへし折るか、
耳を引きちぎらないと承知しない。
母親は菓子折りを持って謝って歩いた。

両親の手に負えない悪戯を重ねたため、
小学校を卒業すると、福岡にある父の知人の家に預けられた。
中学校の修猷館ではオール英語の授業を行っていたため
語学はさらに堪能になる。
また柔道部のエースとして文武両道の活躍をする。
しかし荒々しい気性が招いた事件により、修猷館を退学になる。
九州中学校連合柔道試合で熊本済々黌に勝ったが、
済々黌生11人に闇討ちされ、袋叩きに合う。
そのまま泣き寝入りする天風ではなく、翌日一人ずつお礼参りをして復讐した。
最後に済々黌の領袖を襲った時、相手は出刃包丁を持ち出した。
素手で応じたが、もみ合う過程で誤って相手を刺殺してしまう。
正当防衛は認められたが、修猷館を退学になった。
非は相手にある。しかし思いやりのない天風の性格も原因と推定される。

粗暴な天風を持て余した両親は、
天風を福岡の壮士の集団である玄洋社に預けた。
天風はここで生涯の師、頭山満に出会う。
誰のいうこともきかない激しい気性の天風だったが、
頭山満の人間力、器の大きさに心から心服し、尊敬した。
天風はその生涯にいくつかの人生を決める幸運な出会いを経験するが、
頭山満との出会いはその最初の出会いである。

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by totsutaki2 | 2011-10-22 21:59 | 心の使い方

2011/10/20 淀川遠望

【走った距離】  6.28km
【今月の累積距離】  228.92km
【天気】 快晴 
【気温】 最高 26℃、最低 16℃
【体重】  64.6kg
【コース】
淀駅~会社
【コメント】
梅田スカイビルから見た淀川。

阪急京都線と十三方面。
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上流側: 毛馬閘門、赤川鉄橋、鳥飼大橋。
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アップ。
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下流側: 北港、六甲方面。
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舞洲。
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明石大橋。
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by totsutaki2 | 2011-10-20 22:45

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